イベント・レポート

ローザンヌマラソン

 ■ローザンヌマラソン
担当 ギャレス・ブレイク

 先週の日曜日、生徒30名と教員2名はローザンヌハーフマラソンと10kmレースに参加してきました。これまでの数ヶ月、この日のためにトレーニングをしてきました。前日の夜は栄養を十分に取り、身体を休めました。最も快適なランニングウェアを選び、暖かめの下着を身に付け、苦しいときに頑張れるような音楽を準備しました。

 そして、スタート地点に向かいました。緊張感でいっぱいです。準備は万全。天気は良好。これからすることはただ走るということ、それはみんなわかっていることでした。成功も失敗もすべて自分たちの責任です。不安と興奮の混ざりあったこの感情とは、「なぜ走るのか?」という問いに通じます。これが楽な気持ちでできることならば、チャレンジしようと思わないでしょう。走ることは、身体的と精神的なチャレンジの両方を持ち合わせています。

 ローザンヌハーフマラソンと10kmレースはレマン湖沿いでおこなわれます。小さな村々やワイナリーを風が通り抜け、大変美しいコースですが、身体も心もヘトヘトに疲れますので、多くのスタミナが必要です。このようなレースで走るのは初めてという生徒もいました。もしかしたらゴールできないかもしれないという気持ちがレースの前とレース中にあったと思います。走っているときは、完走することだけを考えます。そして、ゴールするまでは自分以外は何も邪魔するものはありません。言い換えれば、ゴールする唯一の方法は片方の足をもう一方の足の前へ出し続けることです。誰も助けてはくれません。自分で自分を前へ進めなくてはなりません。

 10月30日、30名の生徒はレースをスタートし、その30名の生徒はゴールするまで走り続けました。自分を前へ前へと押し進め、身体的精神的な我慢強さを見せてくれました。私はこのレースに参加した生徒全員を非常に誇りに思います。苦しいことを乗り越え、おそらく可能だろうと思っていたことを実際に成し遂げることができました。今回がスイス公文生として走る最後のレースになった生徒もいるでしょう。ぜひこれからもチャレンジをし続けて、世界で行われているほかのレースにも参加してほしいと思います。


■限界への挑戦
11年生(高2)男子


 私は、後悔している。膝はがくがくと震えるし、腰は痛くてまともに歩くことが出来ない。
 
 正直なところスタートラインに立った時、自分は人生最大のミスをしてしまったと感じた。私は、10月30日にローザンヌで開かれるマラソン大会に参加した。私は、運動は決して苦手ではないが積極的でもなく、どちらかと言えば屋内で読書を楽しんでいる方が好きだ。
そんな私がなぜハードで苦痛を伴うマラソンなどに出ようと思ったか。実際、こうして書いている今でもこれといった大した理由は見つからない。しかし、ただ一つだけ言えることは、一年間様々な行事がある中で何も参加しないのはもったいないのでは、と思ったからである。周りの同級生は、既に数多くのイベントに参加をして成功を収めている中、何もせず気づけば「卒業」というのは、少し心残りがあるだろう。

 こうして、私はローザンヌハーフマラソン(21km)に出場する決意を固めた。それは、長い挑戦への始まりでもあった。ハーフマラソンに参加する人は、変わり者や個性的な人たちばかり。練習は、想像を上回る程のキツさで、練習当初は脇腹を抑えながら泣く泣く走る始末。日頃、運動しない者からしたら、拷問でしかない。しかし、決してネガティブな事ばかりではなく、ローザンヌよりも標高が高く空気が薄いレザンで練習する事により、練習を1回、2回と重ねていくことで着々と長い距離を走ることが可能になる。初めは3㎞程度で白目を剥いていた私ですら、数回の練習で10㎞近く走ることができるようになった。

 そこへ、マラソンに向けて順調に練習を重ねてきた私に、重大な事が発覚した。ある日マラソンまで何日あるか調べていた時、2日前にクモリンピックがある事がわかったのだ。去年はクモリンピック練習期間中だったのだが、今年はその直後…。クモリンピックの疲労が全く取れていないまま、マラソン本番か…。また、今年は去年と違い、私が出場する競技数が多くリレーも2本走る。しかし、クモリンピックが好きな私としては、マラソンの為だけに一年に一度だけのビックイベントの手を抜きたくない。うぅ、どうすればいいのか…。結局そのまま悩んだまま選びきれずそのままクモリンピックに突入。そして、強大すぎる疲労と不安を背に抱えながら、本番を挑む事に。

 当日、なるべく考えないように努めながら、マッサージを入念にする。多くの人に頑張って来い、と嬉しいエールをもらいながら、我々11人の戦士たちは戦場へと向かった。スタート地点は、多くの参加者たちで溢れていて、屋台も出ていた。各自、その時まで好きな事をして時間を潰した。そして、時は満ちた。

 スタートしてしばらくは市街地だったコースもだんだんと賑やかさを失い、レマン湖とぶどう畑が永遠と続く道に変わっていった。私は、10年生のH君と並走しながら、お互いを励ましあいながら走り続けた。人間よくできているもので、身体がその人の限界を超え始めると感覚が麻痺してきて、あんなに不安と言っていた体力面や肉体的な事をすっかり忘れてしまっていて、気づけば1時間半も走っていた。コースのところどころに設置されている給水所で食べ物やら水やら飲めば、走り始めたように身体が軽くなる。まだかなぁ、と思っていると20㎞地点に学校関係者が応援してくれていて、「もう少し!」と言われた途端、今まで感じてこなかった疲れが雷の様に私の身体にのしかかってきた。これまた人間特有というか、逃げ道が見えると甘さに漬け込まれるというか。すぐにこの地獄から抜け出したい一心で、ゴールまで自分に残された力を絞りきって、全速力で走った。周りも、それを見て大きな歓声。努力をした人にとっては嬉しいエンディングではないだろうか。辛い思いを押さえ込みながら、最後に歓声と共に成就。なんて、素晴らしい。H君と一緒にゴールゲートをくぐりながら、笑ってフィニッシュ。二人で肩を組みながらお互いの奮闘を讃えあった。正直、疲れ過ぎて歩くのも困難だったが、気持ちは今までで最も心地良かった。でも、やっぱり頭は麻痺してしまい、走り終わってからもウロウロと周りを歩き回っていた。

 マラソンに参加してわかった事は、一番大変なのは走っている最中ではなく、その後ではないかということ。いつもは、難なくこなしていた階段の上り下りや長時間椅子に座っているのが、その度にビリビリ身体中痛んで、とても鬱陶しい。身体を休めようと横になると体重がかかって、ろくに夜も眠れない。よく眠れないから、疲れが取れない。完璧な負の連鎖の完成である。だから、軽い気持ちでマラソンに参加しようと思わない方がいいと思う。

 ローザンヌマラソンを実際、参加してみて感じたことは、新しい自分を見つけることができたことだと思う。今までいろんな事で長続きをしてこなかった私が、自分の意思で目的を貫き通す事ができたのだ。多くの人が、どうせ何やっても長続きしない、と諦めてしまっているところが少しでもあるのではないだろうか。私もその一人だった。しかし、マラソンに出て自分の限界を知る事で多くの事に自信を持つ事ができるようになった。そして、簡単に諦めないようになった。どんどん新しいことに挑戦してみようと積極的に前向きに物事を考えるようにもなった。多くのことを学ばせてくれたマラソンに感謝を言いたい。ありがとう。