イベント・レポート

エーグル・レザン山岳マラソン

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8月1日、32名の生徒がエーグル・レザン山岳レース(21km・11km)に参加しました。21kmコースはスタート地点の町、エーグル(標高402m)から標高2035メートルまで登り、ゴールのレザン(1315m)まで下ります。11kmのコースはレザン(1315m)をスタートして、1709mまで登り、レザンに下ります。ふたつのコース合わせて200名以上が参加するこの大会では、4時間以内にゴールしなくてはなりません。

生徒は様々な理由で参加を申し込み、目標を立てて練習し、レースに臨みます。そしてその過程で新しい発見を得ます。走りながら、またその後で何を感じたのか、生徒の感想をご覧ください。


■初めてのマラソン
12年生(高3)女子


人生初めてのマラソンの練習を始めた最初のころは、正直に言って、本当にいやでいやでたまりませんでした。自分から強く「やりたいです!」と言って申し込みしたわけでもないし、第一、走ることが苦手だったので、11kmなんて走ったら死ぬのではないかと大袈裟ではなく本当に思いました。今思うと大袈裟でしたが。
 走る練習を、友達や先生と重ねていくうちに、だんだんと走ることに対して拒否反応や愚痴が減って、しばらくすると走ることを楽しめるようになりました。
 エーグルマラソンの当日、私はとても緊張していました。ゴールできなかったらどうしよう、怪我したらどうしよう、なんてことばかりを考えて、不安でいっぱいでした。しかし、走り始めると、練習の時のような感覚を思い出してきて、だんだん楽しくなってきました。走っている途中途中で、友達や後輩や先生、さらに地元の人たちにもたくさん応援してもらい、楽しんでゴールまで走りきれました。その時の達成感がたまらなく気持ちよかったので、今、自分でも信じられませんが、次のローザンヌマラソンの10kmに申し込みをしました。また楽しんで走れたらいいなと思っています。

■山を見つめる
11年生(高2)男子


 エーグル・レザンマラソンに出場した理由は、ただ単純にスイスの山を走ればどれだけの達成感と充実感を味わえるのか、という好奇心からでした。そもそも僕の身体は軽くて細く非常に虚弱に見えます。そんな僕でも走れるんだぞと周囲に見せつけたかったという心情もあったのだと今では強く思い返すようになりました。
 エーグル・レザンマラソンの21kmのコースは一言で言うと、地獄です。練習は昨年度のターム5からあり、練習はきつく、舗装されていない山道を数キロメートルも走ります。時には歩きたいと思いましたが、他にも頑張っている人たちを見て心を奮い立たせ、無我夢中で走りました 。
 本番は8月1日、スイスの建国記念日です。大人のランナーに混じり、KLASランナーはペースを崩さないように走り始めました。その日はもの凄く暑く、ランナー達をあざ笑うかのように、太陽が体内の水分を奪っていきましたが、水分補給のポイントをうまく利用しながら序盤は互いに互いを抜かし、抜かされの応酬合戦が始まりました。
 しかし、 この大会の真骨頂は中盤から始まります。この大会の実態は登山大会に近いものがあります。 序盤で本気を出した人の大半はここで体力が尽きます。道中でKLASのT先輩と出会い、僕は水分補給ポイントで一皿分のオレンジを平らげると更に厳しくなる山道を無言で登りました。T先輩が数メートル、けれども平地での数十メートル分も先に歩き始めた頃に、先に走っていたはずのS先輩が足を摩りながら座っていました。 S先輩は痛そうにしながら足が攣ったと言いました。道幅が狭いためにその先輩の足をまたいでまた僕は歩き続けました。その時、僕は自分のカテゴリーで3位になっていました。
 僕は彼を抜かしたことに罪悪感を抱きながら鉛のようになった足を動かしました。足を攣らなければあの先輩こそが3位になっていただろう、そう思いながら。すると、僕の現時点での3位という結果が何だか薄っぺらいもののように感じました。おそらく、僕はその時に油断していたのだと思います。 道と呼ぶには粗末な山道の中腹で、緊張がほぐれた瞬間に足に激痛が走りました。一瞬、何が起きたか分かりませんでした。数秒たってようやく脳に何が起きたのかようやく判断できました。僕の足が攣ったことを。
 この痛みは限界に達していた僕の心をポッキリと折り曲げました。もう無理だ、頂上の中継地点まで行って諦めてリタイアしよう。前日に体調を崩していたし、足に怪我があるから、誰も僕のことなど責めないし、そもそもこんな奴に興味も持っていない。このままのんびりした後に適当に歩いて行こう。だって僕は頑張ったのだから。
 そんな時に僕の前に立ち止まり、僕を眺めてくる一人のランナーに気がつきました。彼女は英語であなた大丈夫?筋肉痛なの?と聞いてきたので頷くと、そのランナーは考える素振りも見せずに、右手に持っていたラムネみたいな物を渡して、そのまま走り去って行きました。僕は唖然としてそのラムネを見て、恐る恐ると口に含みました。そのラムネのような物は酸っぱくて、甘くて、すぐに口の中で溶けるとともに体に力が湧いてきました。そういえばあの女性は走り際に攣った時の薬と言っていたな。そう思い込むと不思議と足の痛みは引いて行き、もう少し頑張ってみよう、このまま完走してやろうと思うようになり、ゆっくりと頂上へと再び歩き始めました。頂上へ着いた時には、ひたすら前にと足を踏み込むことだけを考え、リタイアしようと思った事や弱音を吐いていたことなど忘れていました。
 最後の終盤、道は下り坂となりブレーキをかけずに落ちるように下りました。おそらく時間で表すと遅いのでしょう。しかし、その瞬間の気分はまるで風になったかのようで、最高の気分でした。
 ゴール寸前のところに至ると、すでに一つ目の限界点も二つ目の限界点も超えていました。完治しかかっていた両足の踵の水ぶくれもとうの前に潰れていました。KLAS生達や地元の人達が手を振ってくれるのを理解しました。
 どこかの偉い人は言いました。「努力しても報われない方が多い」と。なら、「遅い俺は出なくていいじゃないか」とも、とある誰かが言いました。確かにその通りかもしれない。本番に、怪我をして遅くなった人も、リタイアした人もいました。けれど、出なければ、報われない努力も何もなく、何一つとして得られない。今回一緒に出た人々はタイムも怪我をした時の苦しみも、全てが違う結果だと思います。けれど、僕達はマラソンをやろうとした、マラソンに出て何かを得ようとした、という事は共通の筈です。
  今回のマラソンに一緒に出た先輩や友達にお疲れ様の気持ちと、感謝の気持ちを再び伝えたいと思います。