現地レポート

~ありがとう、12年生!~

2019年4月19日 寮父/寮母先生の日記



■寮生活だより ~ありがとう、12年生!~ 寮母 公文 ひとみ

ケニアの首都ナイロビから車で約6時間のところにある地域で10日間ボランティア活動をしてきました。ボランティアの目的は現地の子供たちが学校に通えるよう、学校を建てることでした。

12年生(高3)の皆さんにとってはKLASで過ごす最後のタームが始まっています。

 今年の12年生女子はそれぞれ個性にあふれ、一人ひとりがGirls' Dormになくてはならない存在です。今回は12年生の皆さんから学ばせていただいたこと、感心させられたことの一部を書かせていただきたいと思います。

間違いや失敗を素直に反省し、活かそうとする
「失敗はしてもいい、それを活かせばいい」というスタンスがうかがえます。
私がKLASに来て1ヶ月が過ぎた頃、ある12年生の行為に対し注意をしました。するとその子は言い訳をせず、素直に反省し、改善していました。当たり前のことですが、この「言い訳をせず、素直に」というところができそうでなかなかできないものです。以前学校現場で働いていた私も久しぶりのティーンエイジャーの素直さに「あら、素直!」と言ってしまいました。間違いもするが、それが間違いだと分かれば素直に反省をし、それを繰り返さないようにしようとする姿勢。潔い。

順応性が高い
変化に順応、適応するのが早い人が多いと思います。女子寮担当が変わり、生徒の皆さんには迷惑をかけたり、不満を感じさせたりしたこともあったかと思いますが、12年生からは「公文さんも来たばかりで大変だろうから」「公文さんがそう言われるならこれからはそうなのよ」とフォローをしてもらうことの方が多かったように思います。「以前はこうだった」ということを12年生からは言われた記憶がありません。このことに限ったことではありませんが、様々な変化に対して「いちいち言うのが面倒」とか「どうでもいい」という妥協した、投げやりな考え方からではなく、きちんと吟味して対応している様子がうかがえました。この順応性、適応力の高さはこれからの社会、世界で活躍するためには不可欠なものではないでしょうか。

ぶつかり合うことで仲良くなれることを知っている
日本の社会は「事勿れ主義」が浸透しているように思いますが、ここKLASの12年生は「まずはぶつかって」ということを大切にしているように思います。その結果(だと思いますが)仲がよいです。実際にそのことを口に出し「10th(高1)、11th(高2)の時によく喧嘩した」と笑って話してくれた子がいました。ぶつかるためにはまずは自分の意見をきちんともっていなければできません。それをもって主張し、ぶつかる、そして違う意見であってもそれを排他しない。きちんと「理解する」ということの本質を実践しようとしているように思います。「理解する」ということは「相手と同じ考えをもつこと」ではなく「同じ(考え)なんだ」または「私とは違う(考えな)んだ」と納得して、それをのみこむことだと私は認識しています。そしてそれを排他しない。その姿勢、考え方は寮生活だからこそ培われたものなのかもしれません。社会に出れば「好き、嫌い」では生きてはいけません。「私とは違う」ことを認識した上で共存し、少しでもお互いが居心地よく過ごせるよう創意工夫することを身につけている。素敵です!
(まだまだ書き尽くせませんが、、、)

これらは彼女たちがKLASでの3年間の学校生活、寮生活で自然に、あるいは苦労して身につけられたものであり、またこれまで育ててこられたご家族のご苦労の賜物であり、KLASの教職員の指導の賜物であり、先輩方や同級生、後輩の皆さんとの交流の中で培われたものだと思います。ご家族と離れ、スイスで3年間頑張りぬいただけのものを得ていると確信をもって言えます。
KLASでの残りの日々をがむしゃらに学び、大いに楽しみ、悔いのないタームにしてほしいと心より願っています。

結びに、本田技研工業創業者の本田宗一郎さんの言葉を。

いつの時代でも、一つのことをやり遂げるには創意がいる。工夫がいる。そして、失敗を恐れない勇気が必要だ。失敗を深刻に反省するところから成功は生まれるのだ。
わが国には、昔から「能ある鷹はツメをかくす」という謙譲の美徳をうたったことわざがある。現代でもなおこの言葉が高く評価され、実力のある人はよくよくのことがない限り、その手腕を示すものではないという風潮を生み出している。まったく困ったものだ。時代錯誤もはなはだしい。
若者は、そんなことにとらわれてはならない。まず失敗を恐れず、そして大いにツメを磨いて、その能力をどんどん表すことだ。

~本田宗一郎著『やりたいことをやれ−能ある鷹はツメを磨け−』より~